創業 明治二十五年 三國屋
手描き鯉のぼり  鍾馗(しょうき)
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新作 五月人形 鯉のぼり

久月作 利光監製
四神大鎧飾り

正絹緋糸褄取縅8号

75×50×75cm

プレミアム全て付
きずな・しるし・家紋・
おもいやり・富久布


久月作 
着用兜飾り

正絹黒糸縅25号

70cm×50cm×88cm

プレミアム家紋付


久月作
兜収納飾り 

正絹朱糸中白縅10号

50cm×38cm×53cm

プレミアム家紋付







美 山 錦

光沢が自慢のナイロン異形断面糸生地を使用、美しい生地の特性を生かすため6色に金箔を使った豪華な演出にもかかわらず、お求めやすい価格を実現した鯉のぼり。


積 美 画

福島積美画伯により描かれた原画をもとに、30種におよぶ特許を駆使した合成繊維・東レシルックを使用、伝統の染色技術で染めた、優美な積美画鯉のぼり。


他にも、品数豊富にご予算に応じた商品を取り揃えておりますので、お気軽にご来店、お問合せください。
端午の節句 由来と歴史
「端午」というのは月の端の午の日のこと。この午という字と数字の五の字の音が同じため、いつしか五日をさすようになり、やがて五月五日だけを端午と言うようになりました。
五月五日が端午の節句として祝われるようになのは奈良時代からで、宮中では病気や災厄を避けるために菖蒲で作った人形や御興を飾り、馬から弓を射る騎射の儀式などが行われていました。
菖蒲は古くから毒を払う草とされ、またちょうどこの時期に花が咲くことから、端午の節句の象徴になりました。 平安時代には、菖蒲やよもぎを飾り、邪気を払う習慣は貴族ばかりではなく、一般庶民へも徐々に広まっていきました。

鎌倉、室町時代に武家政治が確立する頃になると、朝廷では宮中行事が行われなくなりましたが、菖蒲の語呂が尚武に通じることから、五月五日は尚武の節分として重んじられるようになりました。
武家では甲冑や刀、槍などの武具、戸外には旗幟を飾り、菖蒲やよもぎを屋根や軒にふき、菖蒲枕をしたり菖蒲酒を飲んだりしてこの日を祝いました.。
江戸時代になると、五月五日は幕府の式日になり、大名や旗本は式服姿で江戸城へ出仕し、将軍にお祝いをのべました。また武家に男子が誕生すると、屋敷に幟や旗指物、作り物の槍、薙刀、兜などを立てて盛大に祝うようになりました。

端午の節句が男の子の誕生や成長を祝う意味を持つようになったのは江戸時代に入ってからで,庶民の間でも武家の気風をまねて、男の子の初節句には厚紙で作った大きな兜や人形、紙や布に描いた武者絵などを飾るようになりました。 しかし、庶民には幟や旗指物を立てることが許されなかったため、考え出されたのが鯉の形をした吹き流しで今では端午の節句に欠かせない風物詩にもなっています。この「鯉のぼり」は、龍になって鯉が天にのぼるという中国の伝説にちなみ、 立身出世を祈る親心を表すとともに、男の子が誕生したことを天の神に告げて、その守護を願うための目印にするものと言われています。
明治になると、政府は新しい祝祭日を定めましたが、永く人々に親しまれてきた節句行事は消えることなく、端午の節句は雛の節句や七夕とともに、民間行事として受け継がれました。
端午の節句は今も昔も、季節を暮らしに取り入れる生活の折り目、そして子どもの健やかな成長を折り、家族や親戚の絆を深める大切な行事として、日本人の心と暮らしに深く根付いた生活文化となっています。


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